
岩手県陸前高田市ではいま、“復興のその先”を見据えた新たな取り組みが動き出しています。北米原産のピーカンナッツ栽培を軸に、「持続可能な農業」と「新たな産業づくり」を両立させようとする試みです。
この動きを民間の立場から力強く後押ししているのが、大阪の老舗チョコレート専門店「株式会社サロンドロワイヤル(以下、サロンドロワイヤル)」代表取締役社長の前内眞智子さんです。東北にゆかりのなかった一企業が、なぜここまで深く関わるのか。その歩みは、単なる東北エリア進出にとどまらず、復興の先にある地域の持続性に真正面から向き合う挑戦でもあります。現場で奮闘するスタッフの声も交えながら、その現在地に迫ります。
縁もゆかりもなかった東北。大阪本社の企業が陸前高田市の復興、地域活性化に本気で関わるということ
2026年3月12日。晴れ渡る青空のもと、陸前高田市の広大な圃場におよそ20本のピーカンナッツの苗木が植えられました。東日本大震災から15年。甚大な津波の被害を受けた旧市街地、かさ上げされた被災低地部が、これから100年先へと続く農園「ピーカンの森」へと生まれ変わる、その第一歩が静かに刻まれました。やがてこの場所が、陸前高田の新たな風景を象徴する存在となることでしょう。
当日、記念すべき最初の1本を植樹したひとりが、大阪のチョコレートメーカー・サロンドロワイヤル代表の前内眞智子さんです。1935年創業の同社は、チョコレート菓子専門店を都内や関西を中心に全国15店舗展開しています。

サロンドロワイヤルは陸前高田市および東京大学と連携し、2017年に本格始動した「ピーカンナッツプロジェクト」に参画しました。産学官がそれぞれの強みを持ち寄り、被災地の復興と持続可能な地域づくりを目指すこの取り組みにおいて、同社はチョコレートメーカーとして長年培ってきたピーカンナッツの知見を生かし、商品開発や販売といった役割を担ってきました。
しかし次第に単なる参画企業という枠を超え、ピーカンナッツの栽培をも引き受けるような関わり方へと変化していきます。プロジェクトを進めるなかで浮かび上がってきたのは、役割分担だけでは解決しきれない現実でした。
苗木から収穫まで少なくとも7年を要するというピーカンナッツ。2020年に内閣府の地方創生推進交付金を活用しスタートした3年間の実証事業を経て、実の収穫は確認できたものの、まだ木々の生育を見守るフェーズにあり、本格的な栽培に向けた展開には至っていませんでした。
そんな状況が続く2025年、前内さんはひとつの決断を下します。サロンドロワイヤル自ら、圃場整備を進め、栽培に向けて前進しよう――。
加工や販売といった“出口”にとどまらず、ピーカンナッツを育てるという“入口”まで引き受ける。その判断は、事業領域の拡張を狙ったからではありません。市民や議会の理解を得るために時間を要する行政とは異なる、民間の時間軸。その企業のスピード感を最大限に生かし、新たな産業を陸前高田市に育てる。それは“復興のその先”を見据えた企業としての決意でした。
産学官連携で復興と農業の課題解決に。ピーカンナッツ取扱高 日本一のチョコレートメーカーの決断
「始まりは、東京大学からの一本の電話でした」と前内さん。
当時、東京大学が研究していたのは、日本の農業課題の解決、ひいては世界的な食料問題へのアプローチという大きなテーマでした。耕作放棄地の増加や農業従事者の高齢化といった課題を背景に、「持続可能な農業モデル」を模索する中で行き着いたのが、ピーカンナッツだったのです。

栄養価や抗酸化作用の高さから健康面でも注目されているピーカンナッツの木は、寿命が長くおおよそ200年にわたって収穫することができると言われています。さらに比較的手間をかけずに栽培できる点も大きな特長です。そのため、高齢化や担い手が減少している国内の農業分野でも大きな関心が寄せられはじめていました。
では、日本におけるピーカンナッツの現状はどうなっているのか。東京大学が調査を進めていくと、国内有数の取扱企業として同社の存在が浮かび上がってきました。同社は原料として、年間およそ100トンのピーカンナッツを使用。その量は、日本全体の輸入量の約3分の1を占めていました。

ご連絡をいただき、後日、大学関係者の方々とお会いしました。一度、研究会に参加してほしいとのお誘いを受けて、「出席する程度ならいいかな」と当時は気軽に考えていましたね(前内さん)
そこで2016年から、東京大学生産技術研究所および大学院農学生命科学研究科が主催する「生産技術研究会」に参加することに。その研究会のメンバーでもあった陸前高田市からの要望で、当時の陸前高田市長・戸羽太(とば ふとし)氏が、サロンドロワイヤル大阪本社を訪問することに。面会の席で、「市民を勇気づけることをしたい。日本でまだ誰も取り組んでいない新しい挑戦によって、市民に希望を届けたい」と語りました。その言葉が今も強く印象に残っていると、前内さんは話します。
その熱意に背中を押されるかたちで、「一度、自分の目で陸前高田を見てみよう」と思った前内さん。初めて現地を訪れたときの光景は、今も鮮明に記憶に刻まれているといいます。
震災から5年が経っているのに、そこには何もなかったんです。広大な土地に、ただダンプだけが走っていました。私は阪神・淡路大震災を経験しているので、5年も経てば外見上は復興が進み、街並みも戻っているという感覚がありました。だから、まさかこんな光景が広がっているとは思ってもいなくて……。同じ日本にいながら、この現実をほとんど知らなかったことに、強い衝撃を受けました(前内さん)
陸前高田の現実を目の当たりにしたことが、研究会への参加にとどまっていた立場を、より踏み込んだ関わりへと変えていきました。当時、サロンドロワイヤルは取引先のアメリカ・アリゾナ州の農場に定期的に足を運ぶなど、国内でも有数のピーカンナッツの知見と取扱量を持つ企業でした。その自負と責任が、次の一歩を後押しします。
日本でこれだけピーカンナッツを扱っているのはサロンドロワイヤル。だったら、私たちがやるしかない(前内さん)
その覚悟を胸に2017年7月、陸前高田市、東京大学と共同研究契約ならびに連携協力協定を締結。こうして、ピーカンナッツの国内での栽培に向けた本格的な取り組みが、いよいよ動き出しました。
ブランディングを越えた啓発活動が、市場と地域の活性化に貢献。企業のリーダーシップが先導し、活動が本格化
サロンドロワイヤルは、連携協力協定の締結翌月の2017年8月、陸前高田市に現地法人「ゴールデンピーカン株式会社」を設立。ゆくゆくはこの地に製造拠点を構えるという決断を下しました。
事業の立ち上げにあたり、同社がまず重視したのは、ピーカンナッツそのものの認知を国内で高めることでした。いかに優れた作物であっても、知られなければ食卓には上らないため、需要の創出、普及に向けた取り組みを段階的に進めていきます。
そのひとつが、2019年に陸前高田市の後援を受けて開催された「第1回全国ピーカンナッツレシピコンテスト」です。ゴールデンピーカンが販売するピーカンナッツ「アリゾナの奇跡」を使用した料理や菓子のレシピを全国から募集したところ、200件を超える応募が寄せられました。パティシエなどのプロフェッショナルに加え、学生や一般の部門も設けることで、幅広い層が参加できる場を創出。ピーカンナッツの魅力を多角的に発信する機会となりました。その後も、2022年に第2回、2025年に第3回とレシピコンテストは規模を拡大しながら、継続しています。
加えて、ピーカンナッツの優れた機能性に関する裏付けを取ることにも注力し、2020年には生鮮食品として、ナッツ類で初めて機能性表示食品として認められました。同年には、国際学会「NUTRITION」での演題発表も行っています。時間がかかっても、確かなエビデンスを積み上げていく。それが、前内さんが掲げた方針でした。

そしていよいよ2022年に「陸前高田市ピーカンナッツ産業振興施設」が竣工し、加工工場を併設した「サロンドロワイヤルタカタ本店」がオープンしました。この施設は、陸前高田市が建物を整備、店舗や工場の設備投資はサロンドロワイヤルが担い、将来的なピーカンナッツの収穫を見据えて整備されました。

店内では、ピーカンナッツを使用したチョコレートやナッツ製品に加え、殻を活用した紅茶などのアップサイクル商品も展開。さらに、イベントにも対応できるフリースペースを備えるなど、地域に開かれた拠点としての機能も併せ持っています。
2023年には、国内初となる自動殻剥き機を導入し、加工体制および製造の効率化が図られました。人口規模が大きくない地域への出店や追加投資は、回収までさらに時間を要します。それでもなお拠点を構えたという判断は、陸前高田市でのピーカンナッツ栽培実現に向けた強い覚悟が表れているようです。

施設の稼働により、店舗と工場を合わせて18名の雇用が生まれました。その全員が、陸前高田市や近隣の出身者です。そのひとりが、製造部に所属する菅野太陽さんです。家族がサロンドロワイヤルの商品を盛岡フェザン店(2021年10月オープン)で購入していたことをきっかけにその存在を知り、「サロンドロワイヤルタカタ本店」のオープンを機に入社を決めました。前職とはまったく異なる分野で、扱うのは初めての機械ばかり。それでも日々の業務にやりがいを感じているといいます。
1日の作業内容を、トップダウンではなく私たち自身で考えて決めていくスタイルです。前内社長は日頃から「一人ひとりが主役」と話されていますが、まさにその言葉通りの働き方ができていると感じています(菅野さん)
こうした現場での取り組みやピーカンナッツの価値を広く発信するため、2025年の大阪・関西万博にて、震災復興と農業再興を両立させるモデルケースとして「ピーカンナッツプロジェクト」の紹介、展示を行いました。

会場へは「サロンドロワイヤルタカタ本店」の店舗スタッフである吉田健太さんと吉田美羽さんが現地に赴き、来場者に向けてプレゼンテーションや体験型イベントを実施。ピーカンナッツを通じた活動、地域で積み重ねてきた実践が復興に貢献することを周知する機会となりました。陸前高田での活動が、少しずつ次の可能性へと向けて、羽ばたき始めています。
ピーカンナッツで町の景色を変えよう。熱意溢れる地元出身社員の意気込み
陸前高田にゆかりのなかったサロンドロワイヤル。単なる“支援”にとどまらず、ともに未来をつくるため主体的に関わろうとする姿勢は、地元住民の意識にも確かな影響を与えています。その上で、さらにもう一歩先へ、というのが、国産ピーカンナッツ栽培のために必要不可欠な広大な圃場の確保です。
加工や販売の拠点が整う一方で、その基盤となる圃場拡大は思うように進まない。そこで動いたのが、サロンドロワイヤルでした。
整備が進められたのは、震災後長く手つかずのままとなっていた市街地近くの被災低地部、サロンドロワイヤルタカタ本店の目の前に広がる場所。かさ上げ工事を経た後も、広大な空白地となっていました。

まずは多くの社員が参加して背丈を超える草を刈るところからスタートしました。その後は日々の業務の傍ら整備を担当するスタッフ3人が大きな石を一つひとつ取り除き、重機を持ち込んで整地。本来であれば専門業者に委ねる工程を、自分たちで一歩一歩進めてゆきます。生産部所属で整備に携わった中島治也さんは、「加工業務と並行して、圃場整備やピーカンナッツ栽培にも取り組まないかと、前内社長から声をかけていただきました。未経験なので不安はありましたが、やってみたらこれが面白くて」と当時を振り返ります。

また、工場で生産計画や人員配置を担いながら、圃場の整備作業にも携わる千葉叔恵さんは、震災をきっかけに瓦礫選別の仕事をした経験から「高田のために何かしたい」と考え、前職で重機の免許を取得。入社前は、復興工事に従事してきたそうですが「まさかその技術が、お菓子を作る会社で活かされるなんて」と笑います。
食品製造と圃場整備は、一見まったく違う仕事に見えるけれど、実は似ている部分も多いと感じています。どちらも段取りや全体の流れを考えながら、チームで動いていく仕事なので(千葉さん)
こうして新たに整備された約8.8ヘクタールの圃場は、市民をはじめ他の企業が関わる参加型の農地になりました。第二圃場は、12の畝を区画としてネーミングライツを設定し、企業ごとに植樹を行うほか、一般参加型の植樹会も実施。将来的には800本以上のピーカンナッツの木が育つ農園「ピーカンの森」として、100年後も実のなる森を目指しています。

整地をしている期間に、苗木の安定供給を支えるため、県外へ向かったスタッフもいました。製造部の大和田伊玖磨さんは、植樹用苗木の出荷に向け、約5日間で800本超の準備作業を担当するため、鹿児島の農場へ。現地ではピーカンナッツ栽培の先駆者でもある農学博士 米本 仁巳先生の直接の指導も受け、品種ごとの特性や剪定方法といった知見も得ることができました。
こうした一連の取り組みを通じて、現場に立つスタッフたちは、通常業務をこなすだけではなく、「新しい産業を育てる一員」としての役割を担い始めているのです。

圃場整備に関わりながら、パティシエや販売の業務も担う藤田紘さんは、「未来へつながる実感」が、この仕事の原動力だと語ります。
自分が年を重ねていく中で、次の世代の子どもたちがこのプロジェクトを知り、陸前高田の未来に希望を感じてくれたらうれしいです。後世に何かを残せる仕事に関われていること自体が、大きなやりがいになっています(藤田さん)
一方で、プロジェクトはまだ道半ばです。ピーカンナッツは収穫までに7〜8年を要する作物であり、認知の拡大もこれからの課題です。陸前高田市出身の販売スタッフ、吉田健太さんは、地域の現状をこう語ります。
陸前高田には年間およそ130万人の観光客が訪れるといわれていますが、その多くが道の駅周辺にとどまっています。いまはまだ更地も目立ちますが、木が育って「ピーカンの森」が形になっていけば、人の流れを生み出すきっかけになるのではないかと考えています(吉田健太さん)


また、同じく販売部の吉田美羽さんは、拠点としての役割に期待を寄せます。
会社としても、ここを人が集まる中心的な場所にしていきたいと考えています。食事会や料理教室などのイベントを通じて、これまで足を運ぶ機会がなかった方にも興味を持っていただき、「また来たい」と思ってもらえるような場所、お店を目指しています(吉田美羽さん)
商品開発の面でも、新たな動きが生まれています。パティシエの門田己里子さんは、定番商品の製造に加え、地元産の野菜、ビーツとピーカンナッツを使った餅菓子「たかたのほっぺ」など、新たな土産品の企画にも携わっています。陸前高田の素材や文化を生かし、サロンドロワイヤルらしさを加えて、新たな価値として形にする試みも着々と進んでいます。
農業再生と復興支援を出発点としたピーカンナッツプロジェクトは、活動開始から間もなく11年を迎えます。民間企業として参画したサロンドロワイヤルは、事業の立ち上げから現在に至るまで、国や市からのサポートだけでは賄えない、膨大なお金と労力を投資し、多くのリスクも引き受けてきました。そのサロンドロワイヤルが、今や主体となって活動を推進。地域に新たな産業を根づかせる第二章が始まっています。

最終的にこのプロジェクト、事業を支えていくのは、地元の人たちです。彼らが主体的に関われる形づくりが大切です(前内さん)
静かでありながらも揺るぎないその言葉には、事業計画と長い時間軸で地域と向き合う経営者としての確かな意思と覚悟がにじんでいます。地域人材とピーカンナッツの木々の成長こそが希望となり、地域内外の人々を惹きつける陸前高田市の新しい力となりはじめています。
取材日:2026年3月18日
