小田急エージェンシーCHAKKA×内閣府地方創生SDGs

「ヒトと地域をつなぐアクション」

本企画では、全国で持続可能な地域づくりに取り組む地域や人を発信。

本記事は「ヒトと地域をつなぐアクション」連載第三弾「岩手県陸前高田市」の事例を紹介します。

震災からの復興に加え、農業従事者の高齢化や耕作放棄地の増加といった課題を抱える岩手県陸前高田市。同市ではいま、ピーカンナッツという国内での栽培実績がなかった作物を軸に、産学官連携による事業化や補助金の戦略的な活用を通じて、農業を「続けられる産業」へと転換する取り組みが進められています。今後はピーカンナッツに続く新規作物の展開や、就労型農業の支援にも力を入れ、農業を通じた持続可能な地域づくりをさらに加速させていく考えです。

この取り組みの中心にいるのが、大学時代に陸前高田を訪れた経験が心に残り、震災後に移住を決意した「一般社団法人ピーカン農業未来研究所」代表理事の大林孝典さんと、生まれも育ちも陸前高田市で、市役所職員として地域の歩みを内側から支えてきた大和田智広さん。復興の先にある農業のカタチや地域の未来について、お話を伺いました。

震災後に向き合わざるをえなくなった、陸前高田の“これからの農業”という課題

岩手県の最南端に位置する陸前高田市は、複雑に入り組んだリアス海岸が連なる三陸沿岸にあり、海と山が近接する風光明媚な土地です。岩手県の中では比較的雪が少なく、温暖な気候に恵まれ、古くから漁業をはじめ、りんごなどの果樹栽培や米作りが営まれてきました。自然の恵みとともに、人々の暮らしが積み重ねられてきた地域です。

しかし、2011年に発生した東日本大震災の津波により、中心市街地の大部分が被災。国の名勝に指定されている高田松原も、約7万本の松が砂浜とともに壊滅的な被害を受けました。その中で、ただ一本だけ津波に耐え抜いた松は「奇跡の一本松」と呼ばれ、復興の象徴としてモニュメント化されているのは、多くの方が知るところでしょう。

津波で浸水しながらも見事に復旧した水田から望む、陸前高田の市街地

「瓦礫の撤去に始まり、ハード面では10年かかってようやく復興の実感が得られるところまで来ました」と、大和田さんは振り返ります。一方で、復興の先に見据えなければならなかったのが、地域に暮らす多くの人が関わってきた農業の再生でした。

震災によって農地も広範囲で浸水被害を受け、塩害や土砂の堆積など、再び作物を育てられる状態に戻すまでのハードルは、想像以上に高いものでした。震災を境に、陸前高田市では兼業農家の数が大きく減少。まちの再建という段階を越え、農業のあり方そのものを見直す時期に差しかかっていたのです。

震災からの復興というのは、単にインフラを元通りにすることだけではありません。陸前高田に限らず、地方では人口減少や高齢化が進み、何もしなければ産業そのものがしぼんでいく流れがあります。だからこそ、何か新しいことに取り組んでいく必要があるのではないか。そういう問題意識は以前からありました(大和田さん)

復興と農業再生という2つの課題に同時に応えうるピーカンナッツという作物

そうした危機感の中で浮上したのが、ピーカンナッツという新たな作物の栽培でした。とはいえ、その始まりは明確な事業戦略があったわけではなく、人の縁から生まれた、いわば偶然の産物だったのです。現在、一般社団法人ピーカン農業未来研究所の理事としてプロジェクトに携わる大林さん。移住後に、陸前高田市の職員として働いていたときのことを振り返り、こう話します。

市役所では観光分野の業務のほか、国際交流やインバウンドなど、海外と関わる仕事も多く担当していました。その一環として、アメリカ・アリゾナ州の先端的な農園と連携して、ピーカンナッツを日本、とりわけ地方農業の活性化につなげようと構想していた東京大学関係者の視察をご案内することになったんです(大林さん)

左:大林さん 右:大和田さん

ピーカンナッツは北米原産のクルミ科のナッツで、1500年頃からアメリカ先住民によって栽培されてきました。現在も世界の生産量の大半をアメリカが占めています。良質な脂質を豊富に含むことから「バターの木」とも呼ばれ、栄養価や抗酸化作用の高さが評価されるなど、スーパーフードとして近年注目されています。

その魅力は栄養面だけにとどまりません。ピーカンナッツは収益性が高く、栽培管理の手間が比較的少ないうえ、樹木として200年近く収穫が見込める長寿命作物です。高齢化が進む農家にとって転作しやすい作物であることに加え、今後活用が課題となる耕作放棄地を生かせる可能性も秘めていました。

一方で懸念されたのが、アメリカの大規模農園で行われている栽培方法で、日本でも同様に育てられるのかという点です。ただ、温暖なアリゾナ州だけでなく、冬には氷点下になることもある北部のイリノイ州でも栽培実績があることから、品種を選べば日本でも十分に育つのではないか――。そんな仮説を立てて、東京大学の関係者は陸前高田を訪れたのです。

国内では栽培事例がほとんどない作物ながら、長期的な収穫が見込める点や、加工・流通まで含めた高い付加価値など、その将来性は同市が模索していた農業の再生像とも重なりました。大林さんが当時の市長にピーカンナッツの可能性を伝えたところ、「やってみよう!」と力強く背中を押されたこともあり、2016年8月、東京大学から正式に陸前高田へ調査団が派遣されることに。ここから、プロジェクトが動き始めました。

プロジェクトの立ち上げ時から関わってきた大和田さんに、当時の率直な心境を尋ねると、「そうですね……」と少し間を置いてから、こう続けました。

この土地で本当に育つのかどうか。未知の作物だけに、やってみなければわからない、という不安はありました。ただ、東京大学の農学系と工学系の研究者がタッグを組み、日本で新しい農業のかたちをつくろうとしていると聞いて、これはかなり本気度の高いプロジェクトなんだろうな、という勢いは感じましたね(大和田さん)

陸前高田市がピーカンナッツ栽培に前向きになった背景には、農業の衰退と高齢化率の上昇が市の大きな課題となっており、ピーカンナッツの導入によって、年々増え続ける耕作放棄地の利活用につながることや、抗酸化作用があり認知症予防にも効果があること――。その点は、大きな魅力でした。

さらに、温暖な気候を好む一方で、冷涼な環境に対してある程度耐性があるところも、惹かれる点でした。苗を植えてから7~8年ほどで収穫が見込め、果樹の中では比較的栽培の手間がかからないことも決め手となりました。

ピーカンナッツの実

なによりも、震災で壊滅的な打撃を受けたので、もうチャレンジするしかない、という思いがありました。逆に言えば、日本でこうした新しい挑戦ができる場所があるとすれば、被災地である陸前高田しかないんじゃないか、と。その感覚が、「ピーカンナッツをやってみよう」という市長の判断につながったのだと思います(大和田さん)

ちょうど同じ頃、東京大学の調査団は、大阪の老舗チョコレート専門店「サロンドロワイヤル」も訪ねていました。当時、国内に流通するピーカンナッツのおよそ3分の1を仕入れ、商品づくりに活用していたのがこの企業だったからです。

単に“育てて終わり”ではなく、食卓にきちんと届けてこそ意味がある、という考え方を東京大学は最初から持っていました。そこで、日本でいちばんピーカンナッツを取り扱っている会社はどこかを探し、行き着いたのがサロンドロワイヤルだったんです。すでにピーカンナッツチョコレートが人気商品として知られていましたから(大林さん)

注目が高まりつつある食材でありながら、現時点では100%輸入に依存している現在。もし、品質やストーリーが伴う国産ピーカンナッツが生産できれば、その需要の一部を担うことができる可能性も――。

生産から加工、販売までを見据えた循環が生まれ、新たな産業の芽になる可能性があること。そして、被災した土地をふたたび未来へとつなげていけること。サロンドロワイヤル、東京大学、陸前高田市。それぞれの思いと役割が重なり合い、分野や立場を越えた産学官連携が動き出しました。

2017年7月、三者は共同研究契約および連携協力協定を締結。こうして、ピーカンナッツの国内生産に向けた本格的な取り組みが、いよいよ始まったのです。

試行錯誤を重ねて動き出したピーカンナッツ栽培への挑戦

サロンドロワイヤルは、三者による連携が動き出した翌月の2017年8月、陸前高田市に「ゴールデンピーカン株式会社」を設立しました。

民間企業のスピード感は、本当にすごいと感じましたね。その熱意に応えようとすれば、こちらも同じ温度感、同じスピードで走らなければ成り立たない。どこか一つでも欠けてしまえば、連携とは呼べない。そう実感しました(大和田さん)

アリゾナ産のピーカンナッツを仕入れて販売するのと並行して進められたのが、知ってもらうための取り組みでした。2019年には、陸前高田市の後援のもと「第1回全国ピーカンナッツレシピコンテスト」を開催。ゴールデンピーカンが販売するピーカンナッツ「アリゾナの奇跡」を使った料理や菓子のレシピを全国から募りました。

日本では、欧米ほどナッツそのものを日常的に食べる文化が、まだ根付いていません。ただサロンドロワイヤルの素晴らしいところは、岩手で昔から親しまれてきた「くるみ餅」のような食文化も大切にしながら、同時に新しい食べ方として広げようとしている点なんです。レシピコンテストも、その一環でした(大林さん)

そして、栽培に向けた準備も着実に進められていました。内閣府の地方創生推進交付金を活用した3年間の実証事業が始動し、2020年4月、横田町と米崎町の2地域で、9品種90本のピーカンナッツ苗木を植樹。国産ピーカンナッツの商用栽培に向けた、実質的な第一歩です。

無事に越冬したことを確認したことで、翌年以降も植樹は継続され、本数は徐々に増えていきました。米崎町には苗木育成研究施設も完成。さらに2022年には栽培地を拡大し、市街地近くの圃場およそ4ヘクタールに、10品種550本の苗木を植えました。この圃場は、東日本大震災後にかさ上げされた市街地から見下ろせる場所にあります。市民や観光客に、生育していく過程を間近で見てもらいながら、この土地に適した品種を見極めていく。そんな狙いがありました。

ピーカンナッツの苗木を栽培している圃場(要確認)

そして2024年、ついに初めての収穫を迎えます。これまで2カ所の圃場で結実していたものの、成熟前に落果する状況が続いていました。初年度の収穫数はおよそ20個。一般に収穫まで7〜8年かかるとされるピーカンナッツにおいて、植樹から4年8カ月での収穫は、産地化へ向けた確かな手応えとなりました。

ピーカンナッツの実

東京大学は継続的に指導に来てくださいます。農学系の先生には剪定や施肥の助言をいただていますし、工学系の生産技術研究所とも連携して、ドローンで数百本の樹高を一度に測定したり、葉の色を解析して栄養状態をデータで把握したりしています(大林さん)

とはいえ、ここまでの道のりが常に順風満帆だったわけではありません。

構想当初はアメリカから苗木を輸入し、クローン培養による苗木生産を目指していましたが、様々な問題に直面し、国産の苗木を使う方針に転換をした経緯があります。また、ピーカンの効率的な栽培のために必要な接ぎ木の技術確立は目下の課題で、今後は鳥獣害対策も検討していく必要があります。

研究で培われた理論を現場で試し、その結果をまた次の検証へとつなげていく。その積み重ねによって、ピーカンナッツ栽培は陸前高田の土地に少しずつ根を下ろし、着実に歩みを進めています。

雇用を生み、賑わいを育てる――ピーカンナッツが根づく未来へ

圃場での試みが少しずつ形を帯びていくなかで、もうひとつの重要な動きも進んでいました。ピーカンナッツを“育てる”だけでなく、“加工して食卓に届ける”までを見据えた拠点づくりです。

2022年、「陸前高田市ピーカンナッツ産業振興施設」が竣工し、加工工場を併設した「サロンドロワイヤルタカタ本店」がオープンしました。ピーカンナッツを使ったチョコレートやナッツ製品に加え、殻を活用した紅茶など、アップサイクル商品も取り扱っています。2023年には、国内初となる自動殻剥き機を導入。加工体制の効率化が進み、施設の稼働によって、店舗と工場を合わせて約20名の雇用が創出されました。スタッフの多くは陸前高田出身で、現在は運営のすべてを地元の手で担っています。

サロンドロワイヤル高田本店

サロンドロワイヤルとしても、国産のピーカンナッツ生産に大きな期待を寄せてくださっています。一方、生産する立場としては、良い商品ができれば買ってくれる相手がいるというのは、何より心強いことです。それぞれの関心が、うまく重なり合ってここまで進んでこれたと思います(大林さん)

この施設は“復興のその先”を示す象徴のひとつとなりました。もっとも、その決断が容易なものではなかったことも、関係者は皆、理解していました。

建物は市が整備しましたが、そこに設備投資をして高額な生産機械を導入し、陸前高田に拠点を構えるというのは、サロンドロワイヤルにとって相当な覚悟が必要だったでしょう。人口が少ない本市は、店を開けばすぐに利益が生まれる、という環境ではありません。それでも社長が決断して、ここに出店してくださった。その姿を見て、地元の空気も少しずつ変わっていったのではないでしょうか。「この人たちは本気なんだな」と(大和田さん)

プロジェクトの認知度は、着実に高まりつつあります。ただ、まだ発展途上であることも確かです。日本ではほぼ前例のない取り組みであるがゆえ、手本となるモデルがありません。取り組みが進むほど、早期の成果や明確なロードマップを求められる場面も増えてきました。その説明の難しさは、今も続く課題だといいます。

将来的に、陸前高田で大規模な生産ができるかどうかは、正直なところ、まだ断言はできません。ただ、工場や店舗という“目に見える形”ができたことで、「確実に前に進んでいる」というメッセージは伝えられていると思います(大林さん)

加えて、大和田さんが挙げたのは、次の世代へどうバトンをつないでいくかということ。現在、陸前高田の農業を支えている団塊の世代に続く担い手を、いかに育てていくのか。その鍵のひとつは、ピーカンナッツという新しい食材への関心にあるのかもしれません。

新しい作物を根づかせるには、作るだけじゃなくて、食べてもらうことがすごく大事なんです。食卓にピーカンナッツが並ぶようになると、それが自分ごとになる。健康につながる実感が生まれれば、時間はかかっても、市民の中に自然と浸透していくと思っています(大林さん)

陸前高田市への観光の際にはぜひ「サロンドロワイヤル 陸前高田店」へ

ピーカンナッツプロジェクトは、まだ芽吹いたばかりです。それでも、圃場から工場へ、そして食卓へと続く道筋は、確かに描かれつつあります。陸前高田の地で始まったこの挑戦は、雇用を生み、人を育て、時間をかけて土地に根づいていこうとしています。

取材日:2026年1月19日