
アフリカのセネガルにおいて国際協力分野、現地での公教育支援に従事し、帰国後は法人向けの組織開発や人材育成のコンサルタントとして活躍されていた斎藤健介さん。コロナ禍で定着したリモートワークとのびのびとした子育ての両立を考えて、2021年にご家族で南足柄市へ移住します。翌年、林業6次化を担う「あしがら森の会議」の代表に就任。さらに持続可能なまちづくりに取り組むため2024年7月に非営利株式会社BUNDを有志と創業されました。南足柄市を含む神奈川県西部を拠点に活動をはじめたソーシャルビジネスのスタートアップ、BUNDの斎藤さんにお話を伺いました。
- 取材協力:南足柄市役所
- 取材同席:南足柄市企画部企画課 定住促進班 大河原主査
移住で叶えたゆとりのある子育てと地域と関わる暮らし方。南足柄の魅力とは

20代から30代前半にかけてトータルで7年ほどアフリカ西部のセネガルでお仕事、生活をされていらっしゃった斎藤さん。南足柄市への移住前は横浜市にお住まいだったとのことですが、どのような経緯で南足柄市へ移住されたのでしょうか?
以前は社宅に住んでいたのですが、子ども達が家にいる中でのリモートワーク、仕事に集中することの難しさを感じていました。首都圏にも通えるエリアをいろいろと見て検討した結果、南足柄市に辿り着きました。候補地からの景色、田んぼを望む場所も気に入り、移住を決意しました。
と、さらりと話す斎藤さん。住環境としての南足柄市、実際にお住まいになってどのように感じていらっしゃるのでしょうか。

家の中だけでなく、外も含めて、子供たちが思いっきり遊べる環境があります。ご近所どうし、子どもを起点とした地域の人たちとのつながりが、生まれているのも嬉しいですね。ご近所のご家族と一緒にクリスマス会や餅つき大会などをして楽しんでいます。
移住以前には考えられなかったというスペース的なゆとりをはじめ、地域内での繋がりや関係性から生まれる豊かさを実感しているという斎藤さん。安心して子育てができる環境も南足柄市の魅力の一つだと教えてくださいました。

インタビュー当日は、南足柄市企画部企画課定住促進班大河原さん(写真左)にも同席をいただきました。「箱根外輪山から流れ出る水を狩川の上流で取水し、市内にある浄水場で作られた水道水が美味しいですよ」と大河原さん。
市内の浄水場から給水される水道水が各家庭、事業所に供給されているそうです。蛇口から出てくる水が美味しい、これはクオリティーオブライフに直結する価値ですね。
令和6年が南足柄市にとって移住促進のキックオフの年だったと語る大河原さん。実際に斎藤さんのように移住される方々、ご家族も少しずつ増えてきているとのこと。今後は空き家対策などへの取り組みも加速するそうです。南足柄市の移住に関連した情報はこちらでご確認いただけます。

南足柄市
神奈川県西部に位置する南足柄市は、2025年1月1日現在の人口は39,243人、16,708世帯が居住しています。山から里に至る自然豊かな環境が特徴で、金太郎伝説発祥の地でもある足柄三山(明神ヶ岳・金時山・矢倉岳)は登山やハイキングなどレジャースポットしても人気です。森林に蓄えられた豊かな水資源を利活用する企業も多く、富士フイルム株式会社も工場を設けています。大雄山線(伊豆箱根鉄道グループ)が小田原駅と大雄山駅を21分で結び、小田原からは小田急線などを利用し都心へのアクセスも良好です。
BUND創業の経緯。法人化以前から始まっていたという地域との関りについて教えてください

前職では組織づくりで会社を良くしようという仕事をしていました。組織づくりに従事するなかで、クライアントの会社だけでは解決できないような課題が増えているように感じていました。より大きなレイヤーである社会や“まち”が変わらないと、解決できないことも多いのでは?このような問題意識もあり、まちづくりには、もともと興味を持っていました。
人材開発系のコンサルタントとしてのお仕事を続けながら、21年に南足柄市へ移住を果たした斎藤さんは、地域内でのご縁が繋がり、2022年の株式会社あしがら森の会議の創業時の代表に就任されます。同法人は南足柄市を含め民間企業も株主となる地域の林業6次化を担う法人として設立されました。
あしがら森の会議のお仕事に就くために移住されたのではなく、移住して間もないにも関わらず地域に溶け込みはじめた斎藤さんに御鉢が回ってきた。長いアフリカ生活で鍛えられた柔軟性や、人的資源開発の現場で養った課題解決力やコミュニケーション能力が、ご自身も気づかずうちに、地域で認められての展開だったようです。
あしがら森の会議は、地域の森林、木材、林業のいろいろな課題を解決することが目的の会社です。事業のひとつとして「林業人材育成」、未経験者を対象とした林業体験や林業研修を行っていました。定期的に活動するなかで、参加者同志のコミュニティーが形成されはじめ、熱心に活動する皆さんと意見交換をする中で、林業以外での地域の課題解決に向けた取り組みの必要性を感じるようになりました。事業を進めれば進めるほど、林業の課題を林業周辺だけで解決することの難しさを実感しはじめました。

そのコニュニティーは「from minamiashigara」という名称で、市内在住を問わず、職種も異なる多様なメンバーで活動をされていたそうです。
当時、市内小学校の昇降口木質化のプロポーザルを公募していた市に対し、from minamiashigaraに参加していた株式会社サオビ代表取締役で、建築士の島崎さんを中心に、コミュニティーの仲間で練り上げた企画を応募。そのプランが見事採択されます。
株式会社サオビを中心に、BUNDの前身とも言えるfrom minamiashigaraのメンバーらも企画から加わり、南足柄市内の小学生を対象にした「昇降口の使い方を考える」デザインワークショップの開催、生徒や親御さんらを対象にした森の中での作業風景や丸太が製材される製材工場の見学ツアーも実施。木質化という建築的な造作で終わらせず、実際に昇降口を毎日利用することになる小学生が、地域の木の特性を知り、木材になる過程を学びました。父兄を含む市民のまちへの愛着を深めることにもつながりました。
24年夏には市内の小学校2校の昇降口のリニューアルが完了。天井から児童の靴箱まで地元の木材が利用され、木の香りやぬくもりも感じられるような明るい空間に生まれ変わりました。
昇降口のデザインと設計は島崎さんが担い、企画の背景やコンセプトはみんなで考えて作ろうと。昇降口の木質化という建築の企画に、「木育」にもつながるプロジェクトを絡めていったんです。設計と施工のハードだけでなく、体験することで関係者自身に当事者性を感じてもらえるか。この町の子ども達、この町の人たちがまちに対して誇りを感じ、学校の木質化を通じて、南足柄市の恵まれた環境を感じてももらえるだろうかと、考えました。
林野庁によると木育とは「木材や木製品との触れ合いを通じて木材への親しみや木の文化への理解を深めて、木材の良さや利用の意義を学ぶこと」とのこと。市内小学校の木質化プロジェクトに、from minamiashigaraの仲間と企画時から参加したことで、建築物以外の価値の創出も実現できたと斎藤さんは振り返ります。
お子さんだけでなく、地域の市民の方からも、発見・再発見・学び直しの機会にもなったと評判に。木材、設計、施工、体験企画もすべてを南足柄で実現したプロジェクトに手ごたえを感じ、自信を深めていったそうです。

同時に、林業に限定しないまちづくりの担い手となる法人が必要だと考えた斎藤さんは、あしがら森の会議を辞し、BUND創業を決意します。
このような経緯もあり、自分の会社というよりは、地域の課題をみんなで解決する会社をつくろうと思いました。そして一般的な株式会社のように株主だけが所有する、株主のための法人ではなく、所有者を株主に限定しない非営利株式会社が良いだろうと。創業に際し、あしがら森の会議でも一緒に仕事に取り組み、地域の課題を共有していた長谷川諒さんに共同代表をお願いしました。彼は一回りほど年下ですが、僕にはない考え方やいろんな視点を持っています。
非営利株式会社とは、利益を株主に分配しないこと、解散時に残余財産を株主に分配しないことを定款で定める法人とのこと。会社法上は株式会社と同じですが、まちづくりなど公益を目的に掲げるソーシャルビジネスに取り組む企業が非営利株式会社を採用することが増えているそうです。
島崎さんをはじめ現在10人くらいがBUNDのメンバーとして活動しています。それぞれがいろんな業界のプロフェッショナルで、広告代理店で働いている方もいれば、ウエブが得意な人、おもちゃのプロダクトデザイナーさんや養鶏場を経営している人など多岐にわたる仲間がいます。メンバーそれぞれの特技や興味関心領域は異なりますが、掛け合わせると町に必要な新しいピースを作ることができる。多様な特性、特技、役割を掛け合わせた方が、町の課題解決につながるのではないかと考えています。
斎藤さんはもちろんのこと、共同代表の長谷川さんや参加するメンバーのそれぞれが、自分がやりたいことで、まちづくりに必要であろうプロジェクトを生み出し、発案者がプロジェクトマネージャーとなって牽引。それをメンバーがお互いに支え合い、サポートしあっているのだとか。

南足柄市を拠点とするBUNDながら、市内在住の方もいれば、平日は都内で生活し、週末だけ南足柄に住むという二拠点生活を送られている方も。南足柄市に居住せずに、プロジェクト活動のために南足柄市を訪れるような関係人口的な関わり方で参加されている方もいらっしゃるそうです。
多くがBUNDの社員ではなく、副業的な働き方、ボランティア的な関わり方と、参加する側それぞれの目的や考えがあるようで、経験や地域や関係者からのフィードバックに魅力を感じている方もいらっしゃるのかもしれません。多忙な現代社会を生きる中で、主体的に地域に関わろうとする意識はどのようにして生まれるのでしょうか。
本業では叶えられない直接的な社会貢献欲求を満たしたいというニーズがあるように感じます。南足柄市のような都市部に通える場所で、地域と関わり自分の社会貢献欲求も満たすことができる場所は、ありそうでなかなかありません。社会貢献をしたいと考える方は、社会人として稼ぐ能力をお持ちの方も多いので、地域で新しいビジネスを生み出す力にも期待しています。
BUNDの各プロジェクト自体が、南足柄市をはじめとする神奈川県西部との関係人口創出に貢献しはじめているようです。
最新事例。官民連携の「カーボンニュートラル啓発空間プロジェクト」にみるBUNDの「引き出す力」

2025年1月27日に南足柄市役所1階に設置されたばかりの「カーボンニュートラル啓発空間」について教えてくださいました。 南足柄産のスギ材で作られたこの空間には、アサヒ飲料株式会社の「CO2を食べる自販機」が設置されています。この「カーボンニュートラル啓発空間」は南足柄市とアサヒグループジャパン株式会社のグループ会社であるアサヒユウアス株式会社やBUNDを含む5つの民間企業による官民連携による取り組みとして実現したそうです。
南足柄市役所と民間企業5社で協働した官民共創のプロジェクトです。「啓発」ですので、官(市役所)と民間企業だけのものにしてはいけない、という想いを共有して準備してきました。市民が実際に利用して、カーボンニュートラルについて考え、体験して、学ぶような空間になるように企画しました。
南足柄市は、2022年6月の環境フェアで「ゼロカーボンシティ宣言」を表明。翌年1月には、アサヒグループジャパン株式会社と持続可能な地域づくりを共創するための連携協定を締結しています。さらに同年2月には、「南足柄市カーボンニュートラルキックオフフォーラム」を開催し、市内の26の法人らとカーボンニュートラルに向けたパートナーシップ協定も結んでいました。

環境庁も地域脱炭素の取組み推進を図っており、官民連携による事例は増加しています。一方で、その多くが自治体とエネルギー企業との連携となっており、今回の南足柄市のように、市内で飲料製造を行う消費財メーカーと地域の中小企業を含めた官民連携は、市民生活との親和性も高く、先駆的な事例と言えそうです。

「カーボンニュートラル啓発空間」ではペットボトルのキャップ回収も行います。いわゆる回収ボックスを置くのではなく、足柄三山の山容をモチーフにした、カラフルなキャップが見える回収ボックスを用意しました。空間に使用する木材は、南足柄産の杉の木を利用していますが、森の木々はCO2の吸収する役割もあり、カーボンニュートラルに繋がることを紹介しています。市民の皆さんがカーボンニュートラルに向けて、自分に何が出来るだろうかという気持ちを育むような空間に仕立てています。回収されたキャップは、文房具にアップサイクルして子供たちに届ける予定で、今後は市内小学校での環境授業にもつながってゆく予定です。
このプロジェクト用に開発した天然木とアクリル板で作られたキャップ回収什器は、その素敵な意匠に驚くだけでなく、投入されたキャップを取り出すための工夫もあり、実用性も兼ね備えていました。「メンバーのお一人、おもちゃのプロダクトデザイナーの方が携わったから実現したことです」と、斎藤さん。
プロジェクトに参画する南足柄市をはじめ複数の民間企業との連携調整にとどまらず、空間の演出、体験コンテンツやPRの細部にも、BUNDメンバーのセンスやスキルが大きく貢献しているようです。縁の下から表舞台に至るまで、関係者が持ちあわせる潜在的な能力や可能性を引き出す力が斎藤さんの妙技であり、リソースが限られる地域関連の事業開発や運営で大切なこと、「ないもの」を嘆くよりも、「あるもの」を出来る限り活用しよう!という姿勢が伝わってきます。
BUNDを創業して良かったことは?
最後に、BUNDを創業して良かったことを教えていただきました。
公私混同のように捉えられるかも知れませんが、自分のやっている仕事が自分の暮らしに直結してる実感があります。地域の人と関わりを持つことができ、お役に立てているように感じることも。自分たちの暮らしを、自分たちの仕事が作っていると実感できることが、やりがいです。

南足柄市内の小学校昇降口の木質化プロジェクトにおいても、官民連携のカーボンニュートラル啓発空間プロジェクトにおいても、事業者側からの発信で終わらせず、市民に楽しく参加してもらえるか、関係者の当事者意識を引き出し、育むことが出来るのか、という俯瞰的な視点を大切にした企画と実行力がBUND斎藤さんの持ち味であり、得意技でもあるようです。仕事への向き合い方も、地域課題の自分ごと化であり、当事者意識を起点にした活動だからこそ、ご自身のやりがいにも繋がっていらっしゃるんですね。
BUNDの社名の由来は、小田原市で生まれた江戸時代後期の農村改革の指導者、二宮尊徳の思想「報徳」にもつながる“節度”を重んじる考え「分度」の意味も込めているそうです。斎藤さんの仕事への取り組み方も、分度があり、自然や環境、そして人に大きな負担を強いてまでの不自然な成長を求める姿勢はありません。
地域の課題に真摯に向き合い、行動する斎藤さんらBUNDに共感する市民、企業や行政機関も増え、独自の活動が少しずつ形になってきているようです。これからのBUNDの展開が楽しみです。
取材日:2025年1月9日