
「“自給自足”できるまちをつくろう」をコンセプトに、実際に田んぼでお米づくりを続けている不動産屋さんが千葉県松戸市にあります。その名も「omusubi不動産」。2014年の設立ながら、DIY賃貸管理戸数日本一(全宅連調査より)、2020年春には下北沢に開業した商業施設BONUS TRACKに2号店を出店。まちとの繋がりを大切に行動するユニークな不動産屋で働いている日比野亮二さん(写真左)と岩澤哲野さん(右)にお話をお伺いしました。
せんぱく工舎が結んだご縁。omusubi不動産で2020年から働く日比野さんと岩澤さん

omusubi不動産を象徴する物件の一つが、せんぱく工舎です。八柱・新八柱駅から八柱霊園に向かう途中にあります。
1階は地域に根付くショップやカフェなど店舗が入居し、2階はアーティストや作家さんの創作の場となるアトリエとして使われている、全19室のシェアアトリエ・テナント物件です。
もともとはomusubi不動産の代表、殿塚建吾さんが偶然見つけた大きな空き家物件。蘇らせて使うことで付近の景色がきっと変わるだろう、という直感で家主である神戸船舶装備株式会社へ直談判を試みます。当初の「貸出し予定なし」という状況から、1年ほどの交渉を経て、借り受けることに成功。その後のリノベーション(一部は入居予定者さんとのDIYなどで対応)や入居者の募集などで、さらに1年を費やし2018年6月にオープンしました。
ありがちな「更地にして集合住宅を建てましょう」ではなく、小規模な店舗を集積させたり、アトリエとしてクリエイターの方々に場所を貸し出したりするなんて。家主さんの懐の広さと、今まで不動産屋さんには抱いたことのない感情、共感と感謝を覚えてしまいます。

さて今回は、そのomusubi不動産で働く日比野さんと岩澤さんにお話を伺う機会をいただきました。お二人とも、働くきっかけとなった場として、せんぱく工舎の場があったようです。
人材系、メーカー、不動産会社と業界は異なれど、主に法人営業職をされていた日比野さんは、2020年にomusubi不動産に入社されました。面白そうなことをやっている不動産屋さんがあると興味を持ち、19年秋に応募されたそうです。
面談の後に、せんぱく工舎でやっていた「とりかじ祭」を見せてもらいました。不動産屋なのにイベントをやっている理由は何だろう、と。「まちに来てもらうきっかけを作りながら、住みたいとか、買いたいという不動産の実需に繋げているのかなぁ、と考えました。松戸での取り組みと、面接時に聞いたBOUNUS TRACKという新しい場所での未知との遭遇のような可能性を感じて入社しました。(日比野さん)
岩澤さんも、2020年からomusubi不動産のお仕事に従事されているそうです。実は、岩澤さんは、学生時代から取り組む演劇で、演出家を生業としてきました。平田オリザさんや宮城聰さんなどが審査員を務めてきた「利賀演劇人コンクール(2017年)」で、優秀演出家賞(二席)を受賞された経歴の持ち主であり、国内外で舞台の作り手、演出家としての活動を続けてきました。2019年に、地元である松戸へ戻ってこられたそうです。
大学を出た後は、都内を中心にずっと演劇の活動をやっていました。30代に入る少し前に、この仕事ずっと続けていけるかな?と、懐疑的になった瞬間があって。将来、どうやったら今までやってきたことを続けられるだろうかと考えたんです。その時、自分の中に演劇とは別に、もう一つ「地域」というキーワードがあったんですよね。演劇の活動でいろんな地域へ出向き、地域の活動を見たりすることも多かったんです。そのような地域との出会いの中で、自分のやりたいことって、どちらかというと「地域との関わり」にあるんじゃないかなぁと感じるようになりました。そのことが地元を見直すきっかけになって、松戸を拠点にすることに決めました。(岩澤さん)
演劇を続けるためにも、地元の松戸に戻られることを決めたという岩澤さん。ご実家のほど近い場所に出来た、せんぱく工舎を知り、拠点を構えました。
自分のアトリエを構えるためにomusubi不動産に問い合わせをして、2019年にせんぱく工舎への入居をきっかけに松戸に戻ってきました。松戸に拠点をもって活動しようと帰って来てはみたけれど、何をどうはじめたらよいか分からないという1年を過ごしていました。さらに、コロナ禍に入って演劇の仕事は全てキャンセルに。アトリエでぼーっとしていた時に、代表の殿塚から「田植えの準備を手伝わないか?」と、誘われたのがきっかけでomusubi不動産の仕事にも関わるようになりました。(岩澤さん)
岩澤さんは、田んぼのお手伝いをきっかけにして、業務委託契約でomusubi不動産の施設運営やイベント関連のお仕事を担うようになっていったそうです。

2016年に、omusubi不動産は、別のお店「One Table」を、八柱駅近くに関係者と開設しています。当時は、まだ一般的でなかった一つのお店をシェアするというコンセプトで、これから飲食店を開業してみたいと考えていた方々にとって、いわば「飲食店経営を試して学べる場所」として運営しています。日替わり店主がお店を開け、リピートされるお客さまも多く、しっかりと地域に根付いています。(One Table開店当時のお話はこちら※2022年当時の情報)
このような、せんぱく工舎やOne Tableのような取り組みは、借主さんに限らず、近隣で生活される方にも、少しずつ変化をもたらしていったようです。
地元の人間としても、以前とは、まちの雰囲気がまったく違うなぁと感じています。歩けば「久しぶりー」とか、「最近どう?」とか、気軽に挨拶ができる顔見知りがいて。お互い様の関係じゃないですけど、いろんなスキルを持っている人たちが町に集っているので、自分が困った時に頼れる人が町の中にいることが安心するんです。彼らも僕らを頼ってくれる時もあるし、僕らも彼らに相談することができるという、その関係性があることが町の変化につながっているんじゃないかなぁと。そういうものが町の中にあるかどうかで、過ごしやすさが変わるんじゃないかと、感じています。(岩澤さん)
空き家DIY物件の不動産実務のサポートを通じて、各地のまちづくり事業者様の後方支援につなげたい 日比野さん

入社から約5年が経過した現在は、どのようなお仕事されていらっしゃるのか伺ってみました。
日比野さんは、都内線路高架下の新しい商業施設の店舗誘致に関連する不動産仲介業務や自治体の空き家に関するサポートをするなど行っている中で、新しい取り組みについて話してくださりました。
郊外でまちづくりをされている方々がいらっしゃいます。空き家や空き部屋の物件を借り上げて、貸し出すことを一つの事業として取り組みされているのですが、地元の不動産屋さんにはDIY賃貸を取扱っているところが少ないそうです。DIY物件として貸し出すという点で、より多くの理解や協力を得るためにと、弊社にご相談をいただきました。弊社のサポート内容として、契約書の作成はもちろん、重説(重要事項説明)や実際の契約までをオンラインで対応しています。借主さんとは、契約の時にはじめてオンラインで顔を合わせます。(日比野さん)
不動産業界においてもDX化が推進される現在、遠隔(オンライン)で賃貸契約を締結することは、法律的にも技術的にも可能となっています。ただ、借主の具体的なDIY内容と退去時の原状回復義務の範囲を明確化し、家主と合意形成が必要なDIY物件の賃貸契約は、標準化が難しく、調整コストが高くなりがち。その契約を遠方の法人や個人のためにサポートするというのは、労力に見合うコストかどうか。なかなか真似が出来ることではないでしょう。
omusubi不動産の創業の地である、松戸市には、高度成長期の住宅不足に対応するために「日本住宅公団」(現「UR」)が開発を担った当時関東最大の公団団地となる「常盤平団地」もあり、都心部へ通勤通学する方が多いベットタウンという側面も。時代が移り変わり、空き家や空き店舗となる物件も多く、市の課題でもありました。
「あちこち建物が余ってしまっているのに、たくさんの時間とエネルギーをかけて新築ばかりがどんどん建てられいくのは、なんだかもったいない」と代表の殿塚さんも会社のパンフレットに書かれています。創業以来、地域内に眠る団地やマンションの一室から住宅地に建てられた空き家や空き店舗などを発掘し、家主と借主のそれぞれにメリットがあるように調整して、積極的に貸し出しを行ってきました。

この実績が認められ、2022年には、小田急不動産株式会社と協働でDIY型賃貸を特長とする空き家サブリース事業「小田急ありのまま賃貸 ~空き家活用DIY賃貸~」のサービスも開始しています。小田急線も通る世田谷区は、日本で最も空き家戸数が多い地域だそうで、大きな課題となってきているそうです。
omusubi不動産のDNAとして、地域に眠る空き家を積極的に活用することがあるようです。
サービス開始から2年以上が経過し、世田谷区内外からのご相談、取引も増えています。引き合いがあった際には小田急不動産さまと一緒にオーナー様との面談にも同席させてもらっています。(日比野さん)
50万人という多くの市民を抱える松戸市でも、顕在化していた空き家問題を、自社の利益だけではなく、家主や借主、そして「まちづくり」という観点で取り組んできたomusubi不動産。そのDIY可能物件への取り組みが、都内や各地にも広がってきています。日比野さんは続けます。
現地でまちづくりをされている方、自治体の方よりご相談を頂き同様の事例が増えていきました。DIY賃貸物件の遠隔での契約サービスといった不動産実務のサポートを、かのきっかけに出来ればいいかなと思っています。目指したいところは、地域ごとに不動産賃貸や売買の事業で利益を得て、その地域のまちづくりのために投下すること。まちづくりに従事する不動産事業者さんを各地に増やしてゆくことに繋がれば嬉しいです。(日比野さん)
敬遠されがちで、標準化も難しいDIYの賃貸契約を、他社や他の地域を慮り、推進したいという日比野さん。DIY賃貸事業の収益性が高くないことを差し引いても、やる価値があると言います。
オーナー様らとご一緒して、空き家も不動産は資源という観点で活用してゆくような想いがあるように感じます。(日比野さん)
まちに開いた場作りや場の運営に演劇的アプローチで貢献する 岩澤さん
演劇のお仕事を続けながら、omusubi不動産でもお仕事をされる岩澤さん。本業の演出家として担う職能と、不動産屋さんの業務として期待されている役割。果たして共通点はあるのでしょうか。

One Tableなどで場の運営などをやってきたんですけれど、最近はプロジェクトベースのお仕事が増えています。直近では、松戸駅近くを流れる坂川にかかる春雨橋親水広場のプロジェクトに携わっています。(岩澤さん)
坂川は、下総台地の湧水を集め、江戸川に注ぐ河川。江戸時代から水運や農業用水などで地域の人々の生活を支えてきたインフラでしたが、都市化が進むなかで一時期は水質が著しく悪くなったことも。現在は水質も改善傾向で、地域の歴史・文化の情報発信の場となる「まちなかの憩いの空間」として整備されています。
「坂川ながるるプロジェクト」というもので、omusubi不動産として僕も含めて複数人で担当しています。「献灯まつり」など周辺地域のこれまでの活動を踏まえて、周辺に住んでいる人たちやその場に愛着をお持ちの方々の想いをくみ取りながら、親水広場周辺を再生してゆこうという2年間の実証実験を、松戸市と一緒にやっています。(岩澤さん)
2024年6月に「春雨橋親水エリア運営振興実証業務委託」として松戸市と契約。同年9月には、1回目の取り組みとして参加型シンポジウムを開催。さらに、10月にも、ブックマーケットや野外映画祭が開かれました。25年も引き続き、市民参加型のイベントやコンテンツが予定されています。

そして、代表の殿塚さんも立ち上げメンバーとして関わり続けている松戸市の「科学と芸術の丘」についても、聞かせてくださりました。
科学と芸術の丘は20年から担当しています。「まちのディレクター」としてまち中の企画のとりまとめをやっています。戸上邸(とじょうてい)がメイン会場になっているんですが、広場で毎年マルシェをやっていたり、この日に合わせて、近隣のまち中でさまざまなイベントを開催したりしながら、だいたい毎年100程度のまちのお店さんやアーティスト、クリエイターの方々や、50名近くのボランティアスタッフと一緒に芸術祭を創っています。(岩澤さん)
「科学と芸術の丘」は、創造性豊かな“クリエイティブ・シティまつど”を目指し、クリエイターやアーティストが活躍できるまちづくりを掲げる松戸市のアートフェスティバルです。回を増すごとに、市外県外からも多くのゲストが訪れるようになっています。メイン会場となっている戸上邸(国指定重要文化財)は、徳川幕府第15代将軍・徳川慶喜の実弟、徳川昭武(あきたけ)が隠居後の住まいとした建物で、1884(明治17)年の完成。大名屋敷の趣を残す和風建築で、周辺は「戸定が丘歴史公園」として市民に親しまれています。水陸の交通の要所であり、江戸周辺の宿場町の中でも段違いだった松戸の繁栄の面影を知ることが出来ます。
市を代表する一大イベントとなっている「科学と芸術の丘」も、もともとはomusubi不動産が運営するアトリエに入居されていたアーティストの方が、「本格的なアートフェスティバルを松戸で実現したい」と殿塚さんに相談したことが発端だったそう。その想いに賛同した殿塚さんらが市役所に提案する中で、自らも運営者として携わり2018年に初回開催。現在は、omusubi不動産の複数のメンバーが運営に携わっているそうです。
代表の殿塚さんをはじめ、空き家DIY物件の契約サポートを他地域向けに展開されている日比野さん、イベントやエリアマネジメントのディレクションを担当されているという岩澤さんのお話を受け、しばし理解が追い付きません。
あまりにも、一般的な不動産屋さんが行っている事業とはかけ離れてはいませんでしょうか。
こういうことができる土台が、地域の人たちとどういうつながりを持っているかが大きいと感じています。さっき岩澤くんが言っていた、地域内に相談できる相手がいるということが凄いことだなぁと。それがないと地域や空間の中でできることが減ったりとか、ちょっと外にむけて活動してみようと思った時に、その活動が思ったほど広がらなかったりすることがあるのではないでしょうか。人との繋がりがベースで、それによって地域で出来ることが増えるのではないでしょうか。(日比野さん)
エリア内に存在する法人や個人が所有する不動産の売買や賃貸を通じて収益を得ることが不動産屋さんの事業だと考えていたのですが、omusubi不動産の取り組みは、短期的な自社の利益だけを追求するのではなく、地域全体の暮らしやすさ、多様な価値観を持つ生活者が住む町の豊かさを土台に「まちづくり」をされているように感じます。いろんな身分や職種の方が行き交い、文化を育んだ松戸の歴史も関係があるのでしょうか。
後編へ続きます。
取材日:2024年12月20日